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強化の随伴性(contingencies of reinforcement)の日本語訳をめぐる考察:コンティンジェンシーの深層: スキナー理論の謎解き

電車に乗っていたら隣の高校生が英語の問題集を解いていた。
自然と目に飛び込んできたのは、長文読解問題の一節に下線が引かれていた箇所だった。
一瞬だったが、下線が引かれていたのは、”the restraint imposed by contingencies of reinforcement”という箇所だった。定訳に従えば、
「強化の随発性によって課される抑制」とでも訳せる。
ただ、これだけだと何のことかわからない。
設問は、下線部を具体的に述べよと言うことだった。

具体例はいくらでもある。一例を挙げると、

花に止まっている蜂を見て、触ると刺される。何度か繰り返すと蜂に触らなくなる。
つまり、蜂に触るという行動が抑制されるわけだ。
蜂を見る(刺激)→蜂に触る(反応)→蜂に刺されて痛い(結果)

結果によって、蜂に触るという行動が抑制されるということ。

ただ、この問題は「強化の随伴性」という言葉を知らなくても解けるので英語の練習問題としては、難しいものではないような気がする。
なぜなら、受験英語の長文問題は本文中の別の箇所にヒントが書かれていたりするからだ。

この問題文は、アメリカの行動主義心理学の創始者、スキナー Skinner,B.F. のBeyond freedom and dignity. New York : NY Knopf ,1971
から引用されている。

日本語訳は二冊出ている。
最初に出版されたのは『自由への挑戦 : 行動工学入門』波多野進, 加藤秀俊 訳. 番町書房, 1972。
原書の出版の翌年に日本語訳が出ている。

次に出版されたのは、『自由と尊厳を超えて』山形浩生 訳.春風社, 2013。

以上二冊の日本語訳が出版されている。

どちらも読んだことはなかった。両者の翻訳では”contingencies of reinforcement”の部分はどう訳されているのだろうか?

読んでみたところ、
『自由への挑戦 : 行動工学入門』では、
contingenciesは「コンティンジェンシー」とカタカナで訳されている。
「強化のコンティンジェンシー」では意味がよく分からないが、敢えて訳さずにおいたといったところだろう。

『自由と尊厳を超えて』では、
contingenciesは「条件」と訳されている。

カタカナで「コンティンジェンシー」と訳すよりは、「条件」のほう良いと思うが、これでもまだcontingenciesに含まれる意味が十分に表されているとは言えないような気がする。

contingencies(コンティンジェンシーズ)に随伴性という日本語訳をあてたのは?

BF スキナーはContingencies of reinforcement; a theoretical analysis (1969)という本をBeyond freedom and dignity以前に出している。

日本語訳は、
『行動工学の基礎理論 : 伝統的心理学への批判』玉城政光 監訳 佑学社, 1976。

1976年出版だから、原書(1969)とは出版時期がずれている。本来ならこちらが先に翻訳出版されるべきだが、逆になったのは、Beyond freedom & dignityがアメリカで話題になったからだろう。日本国内では、BFスキナーという心理学者は意外と知られていなかった。(おそらく現在でも?)現在では、脳機能科学や認知心理学が全盛でその影に隠れてしまったのだろうか。

この本のタイトルは、原書のタイトルと一致していないが、出版社の意向でそうなったものだと思われる。

本文中では、”contingencies of reinforcement”は「強化の随伴性」と訳されている。

随伴性という日本語訳が”contingencies”にあてられたのは、この本が最初だろう。現在でもよく使われているようだ。

しかし、それでもまだ違和感があるし、定着している日本語の訳語とは言えない。これならば、「条件」と訳したほうが良いと思う。

-性と訳すのなら、不可算名詞のcontingencyが対応するが、原書では常にcontingenciesと複数形である。
したがって可算名詞となるので、-性と訳すよりは、-事項とか-事象と訳すのが適切だ。
英語は可算名詞(countable noun)と不可算名詞(uncountable noun)では意味が異なるので注意が必要だと思う。

強化の随伴事項、強化の随伴事象などの訳語が思いつくが、「随伴関係」という訳語も『スキナーの心理学―応用行動分析学(ABA)の誕生』ウィリアム・T.オドノヒュー, カイル・E.ファーガソン 著, 佐久間徹 監訳 二瓶社, 2005.12. に出てくる。

このコンティンジェンシー、コンティンジェンシーズという単語はなかなか曲者というか、日本語訳しづらい言葉であることは間違いない。

BF.スキナーがどのようにcontingenciesを使用したか?

Contingencies of reinforcement; a theoretical analysis (1969)において、スキナーは、
“The interrelations among S(D), R,S(rein) compose the contingencies of reinforcement.”
と述べている。
(D)は弁別刺激の弁別(discriminative)の頭文字で識別とか区別という意味。(rein)はreinforcer(強化子)のrein。強化子(reinforcer)とは、反応強化の原因となった結果のこと。
「弁別刺激と反応と強化子の相関関係がcontingencies of reinforcementを構成する」
と日本語訳してみると、
contingencies は構成要素を指すことになり、事項とか、事象のほうがふさわしい。
「弁別刺激と反応と強化子の相関関係が強化の随伴事項を構成する」

強化の随伴性→強化の随伴事項

少しは良くなったように思えるが、何かが足りない。

コンティンジェンシーの起源は一触即発

contingencyという英単語を分解して語源をたどると、con(一緒に)+ting(触れる)だから、一触即発という意味にたどり着く。

確かに”contingencies of reinforcement”を構成する三項(刺激、反応、結果)はお互い直前、直後に起きていなければならない。
刺激と反応の間や、反応と結果の間に時間差があると、その時間に他の要素が介入してくる可能性が高くなるからだ。

ここを訳出すると、即発とか相即という言葉も含めたくなる。

随伴事項→即発随伴事項と訳すのはどうだろうか?

随伴性とは縁なのか?

随伴性を「縁」と訳した例もある。

自覚せざる仏教徒としてのスキナー : 随伴性とは縁である
J-STAGE

縁とは仏教用語で、結果を生じさせる間接的原因という意味だが、間接的原因と結果の関係性について考えると、縁起という言葉も想起される。

関係性は同時に起きるのか(synchronique 共時的)。
関係性は時間差で起きるのか(diachronique 通時的)
「縁起」という仏教用語にも解釈は複数ある。

interdependent co-arisingを縁起の訳語にあてると、共起的となるが、時間差に着目すると、原因があり次に結果がくる。時間の長さについては問題になっていない。

ただ、時間差が非常に短いのが”contingencies of reinforcement”の特徴である。
縁や、縁起には非常に短い時間差で起きる因果関係という意味はなさそうだ。

ならば、縁起の「起」を先ほどの訳語に含めて、

即発随起事項、即発随起事象などと訳すのがいいと思うがどうだろう?

contingencyの多様性に富んだ意味

コンティンジェンシーは様々な分野で使われる言葉なので紛らわしい。でもよく理解しておけば使用する機会は多いし、便利である。

仕事の成功報酬もcontingencyだし、不動産売買におけるキャンセル条項もcontingencyである。

いずれにせよ、共通しているのは、ある条件を満たした後に発生する事柄をコンティンジェンシーと呼ぶということだ。

ここを押さえておけばコンティンジェンシーという単語に出会っても、文脈から意味を把握するのは難しくない。

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