『孤独のグルメ』原作版の第1話に登場する食堂「きぬ川」を訪れたのは2017年9月中旬だった。
「きぬ川」は台東区日本堤に実在した食堂だが、原作版にのみ登場している。
孤独のグルメはテレビドラマ化されているが、テレビドラマの孤独のグルメには「きぬ川」は登場しない。
そんなこともあり、この店のことはたいして気にしていなかったのだが、なぜだか気になって現地を訪れたのが2017年9月。
朝6時から10時の営業と聞いていたから、近くの「エコノミーホテルほていや」に泊まって朝の8時ごろに行ってみた。
すると、店の入り口のオーニングというのだろうか、入り口の軒先テントが剥がされている。剝がされたというより、自然に消滅したのかもしれない。
本日休業か、、、仕方ない。次はいつ来られるかわからないが、年内にはまた来ようとその時は思っていた。
大衆食堂 きぬ川の廃業を知った
「大衆食堂 きぬ川」の廃業を知ったのは、「エコノミーホテルほていや」のブログだった。
同ブログによれば平成29年10月31日で廃業となっている。
残念だ。
文藝春秋12月号(11月10日発売)にも、関連記事が掲載されている。
ノンフィクションライターの水谷竹秀氏が書いている『50年後の「ずばり東京」外国人や女性も集う山谷の変貌』という記事だ。
早速、書店で文藝春秋の12月号を買って読んでみた。
変貌する山谷の今、そして過去についての極めて詳細なレポートとなっており、大変に興味深く読めた。筆者はエコノミーホテルほていやに約1ヶ月滞在して取材をしたそうだ。非常に内容の濃い貴重なレポートである。
エコノミーホテルほていやの経営者さんが、「城北旅館組合」という泪橋交差点付近にある簡易宿泊施設の同業組合の広報担当であることも、文藝春秋の記事に書かれている。組合の加盟施設は約140軒だそうだ。
「エコノミーホテルほていや」のブログはとても内容が深く充実しているのはそれも関係しているのかと思った。
また、孤独のグルメ聖地巡礼として、以下のブログもとても面白いと思った。
大衆食堂 きぬ川の閉店直前に訪れてレポートしている。写真を見るととても美味しそうだ。
上記のブログによると、「きぬ川」は夫婦で営業していたが、昨年御主人が亡くなり、80歳になるという御婦人がひとりでお店を続けていたのだそうだ。
とりあえずお店に行ってみることにした。建物はまだあったが、やはり廃業していた。
「きぬ川」の廃業だけではない。エコノミーホテルほていやのブログによれば、いろは会商店街アーケードも撤去されるという。
山谷の人口減少や高齢化が、こういったお店の廃業の背景にあるのだろう。
工事は来年の2月末まで続くそうだが、自分が訪れた11月下旬には、アーケードの骨格を残して屋根は全て取り除かれていた。
施設の老朽化が進み、屋根の落下などの危険もあったのだろう。
いろは会商店街をはじからはじまで全て歩いて動画を撮ってみた。
商店街を何度も往復したので、お腹が空いてしまった。小腹が空いたときに入れそうな店はたくさん周囲にあるが、どこに入ったらよいのか?
こういう時は直観にたよってみるのが一番。。
直観でどこかお店を探さないと!
丸千葉でさしみと煮こごり
いろは会商店街と並行して走っている道路沿いに「丸千葉」はある。都道464号線の東浅草二丁目交差点から約80メートルの距離だ。
大変な人気店なので、電話してみると一つ席が空いているとのこと、早速店に向かう。
店の前の道路は人通りが少ないのに、店の中は超満員である。
店のロケーションは駅から離れているが、なぜここにこんな素敵なお店があるのか不思議な気分になる。
閉店したお店や、撤去中のアーケードなどを見て回っているうちに、なんだか寂しい気分になってしまった。
店内の熱気に包まれて、マグロの刺身と煮こごりを食べているうちに、そんな気持ちは吹っ飛んでしまった。
店をでると、台東区コミュニティバスめぐりんの停留所を発見。北めぐりん10番バス停東浅草二丁目である。
このバスでJR鶯谷駅に出て帰途についた。
この地域の今後の変貌について思いを馳せながらバスに揺られていた。
バックパッカーがこの山谷地区に増えているという話はだいぶ前から聞いていた。
しかし、最近浅草方面に簡易宿泊施設がたくさんできている。
とすると、山谷地区の外国人バックパッカーは今後どうなるのだろうか?
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