もくじ
はじめに
2014年、東京・赤坂に「Shampoo Bar」という異色のサロンが登場した。 その名の通り、カットもブローもせず、ただ“シャンプーだけ”を提供する専門店。 全国的にもほとんど例がないスタイルで、街の片隅から静かに話題を呼んだ。
現在では一般化した「ヘッドスパ」や「頭皮ケア」という言葉。 だが、Shampoo One(Shampoo Bar)はそれらのコンセプトを、 “10分・1,000円”という価格と時間設定で日常に持ち込んだ、まさに先駆的存在だった。
本記事では、店名変更の経緯から利用体験、閉店に至るまでの流れを、 写真やチラシ、現地調査を交えて記録し、忘れ去られつつある記憶を保存することを目的とする。
Shampoo Bar(赤坂)という“シャンプーだけの専門店”──カットもブローもない新業態
2014年赤坂で開業したShampoo Bar
「Shampoo Bar 東京赤坂店」が開店したのは2014年5月26日。 運営は新潟のスキンケア通販会社・株式会社ピカイチ。この会社は今も健在でニキビケア, 頭皮ケア商品などを扱う企業である。日本では福岡天神店に次ぐ第二号店だった。福岡天神店は2012年6月に開店しているから、地道な店舗拡大というか、東京進出だったと言える。
“頭皮も肌の一部”という企業理念のもと、スキンケアの延長線上に「洗髪専門」の店舗展開を打ち出した。 カット・ブロー・カラーは行わず、「洗うこと」に特化するというコンセプトは極めてユニークだった。
「マッサージシャンプーは新感覚のリラクゼーション」──赤坂見附駅から徒歩5分、
美容院より気軽に通える“シャンプー専門店”として、男女問わずの利用を訴求。
「短時間で気軽に頭皮環境を整える新感覚サロン」 (@Press プレスリリース)
「10分1,000円で“シャンプーのみ”を提供する珍しい形態の美容室」 (赤坂経済新聞)
オープンからわずか数週間で、名前が「Shampoo Bar」から「Shampoo One」へと変更された。 当時のWebアーカイブ(2014年7月9日版公式サイト)ではすでに名称変更の案内が掲載されており、 その背景には「バー=酒場と誤解されやすい」という課題があったと推察される。
窓には「Shampoo Bar」のロゴが見える。開業当初の名称で営業していた時期の貴重な記録。
「2014年7月14日に店名リニューアル」 (@Press より)
頭皮ケアを日常に──10分・1,000円がもたらしたもの
Shampoo Oneの最大の特徴は「10分・1,000円で、癒しとケアを同時に体験できること」だった。
メニューには、スタンダードのほかに「炭酸クレンジング」「スカルプケア」などがあり、 シンプルながらも選択肢を設けることで、再訪を促す工夫がなされていた。
赤坂という立地も絶妙で、ビジネスマンやOLが昼休みに立ち寄ったり、 雨の日の看板を見てふと入店したりと、「生活の隙間」に入り込む設計になっていた。
シャンプー単体1,000円+税に加え、頭皮マッサージや育毛ケアのメニューも用意されていた。
● 「Bar」という単語の持つ多義性
「Shampoo Bar」という名称は、カジュアルで親しみやすく聞こえる一方で、“お酒を出すバー”との混同も避けられなかった。
とくに赤坂という土地柄、夜の街のイメージと重なる部分があり、初見の来店者にとっては「美容室?リラクゼーション?スナック?」と混乱を招く可能性があった。
● 「One」という単語の訴求力
新名称「Shampoo One」には、“あなたのための唯一の場所”という意味が込められていたように思える。
また、「ナンバーワン(No.1)」というポジティブな連想を与える点も、再ブランディングとしては非常にスマートだった。
店舗外観の看板やチラシも、色調を抑えた落ち着いたデザインに変わり、女性ひとりでも立ち寄りやすい雰囲気に調整されていた。
1,000円シャンプーの看板と泡のロゴが目印。名称変更後は「Shampoo Bar」から「One」に統一され、看板もリニューアルされていた。
● 2店舗目、福岡天神店との並列化
「Shampoo One」の名称が統一されたタイミングでは、すでに福岡天神店が先行して営業しており、赤坂店は2店舗目という位置づけになっていた。
そのため、全国統一ブランドとして「One」という名称に揃えたとも考えられる。
実際、配布されたポイントカードやVIPカードにも、「赤坂店」「福岡天神店」の2店舗が記載されていた。
“Very Important Person”と記された紫色のVIPカードは、継続利用を促すツールとして機能していたが、同時にShampoo Oneがリラクゼーションを本質としたサービスであったことを象徴している。
このようにして、ブランド名・ロゴ・顧客戦略が整えられていったShampoo Oneだったが、
それでも1年後にはポイントカード制度が廃止され、やがて閉店の気配が訪れることになる。
利用者としての記録──写真とともに振り返る店の記憶
私が「Shampoo One(当初はShampoo Bar)」を初めて訪れたのは、2014年の6月ある雨の日の夕方だった。 その日、赤坂の裏通りを歩いていると、階段の入り口に「本日雨の日デー 割引」と書かれた小さな看板が立っていた。 いつもなら素通りしてしまうその階段を、なぜかその日は登ってみようと思った。
階段を上がると、静かな空気とともにほんのりシャンプーの香りが漂っていた。 「シャンプーだけ」というキャッチコピーに半信半疑で入ったが、 想像以上に丁寧な接客と施術に驚かされたのを、今もはっきりと覚えている。
店内の印象と施術の流れ
- 受付でメニューを選ぶ(10分コース/炭酸ケア付き/スカルプ重視 など)
- 専用のシャンプーチェアで施術開始
- 静かな空間で、話さなくても良い安心感
- 希望すれば頭皮の状態をアドバイスしてもらえた
「短い時間でもすっきりした気分になれる場所」。それがShampoo Oneだった。
営業中の店舗外観
私が掲載したGoogle Street Viewの写真には、2階の窓に“Shampoo Bar”と描かれた初期の看板が写っている。 その看板が後に「Shampoo One」に変更されたことは、店のブランディング変更を視覚的に示していた。 窓には泡のキャラクターとロゴ、“1,000円シャンプー”の文言が描かれ、手軽さと挑戦が表現されていた。
ポイントカードとVIPカード──2つの顧客制度
オープン時から配布されていたのが水色のポイントカードで、来店ごとにスタンプが貯まり、一定数で500円引きになる特典があった。 このカードは閉店まで継続的に利用されていた。
一方で、紫色のVIPカードも発行されており、これは一定金額の購入で“通い放題”の特典が付く仕組みだった。 VIPカードはのちに廃止されたが、当時のShampoo Oneが継続利用客を意識して、 さまざまな囲い込み施策を試みていたことを物語っている。
VIP CARDには「Relaxation」「Scalp care」など、頭皮ケアと癒しに特化したキーワードが並び、 Shampoo Oneが“美容”というより“ウェルネス”寄りのサービスであったことが読み取れる。
このように、私自身の利用体験・写真・カード類を通じて浮かび上がるのは、 Shampoo Oneが単なる「奇抜な店」ではなく、本気で“癒しの時間”を提供しようとしていた場だったということだ。
静かな閉店──最終日に配られたチラシとスタッフの想い
Shampoo One赤坂店の閉店は2015年8月
2015年8月、Shampoo Oneは静かに幕を閉じた。
公式Amebaブログに掲載された「閉店のお知らせ」には、「通販事業との融合性が想像以上に困難だった」との説明が記されていた。
「今後の方向性を慎重に検討した結果、現段階ではShampoo事業の継続を断念する判断に至りました。」
──Shampoo One公式Amebaブログ「Shampoo One通信 最終号」より
全国でわずか2店舗(赤坂店・福岡天神店)という小規模展開だったとはいえ、
いずれも同日(2015年8月31日)をもって閉店となったことから、企業としての決断は早かったといえる。
● 最終日に受け取ったチラシと“お別れの言葉”
私は偶然にも、最終営業日に赤坂店を再訪することができた。
店内はどこかいつもより静かで、スタッフの表情も柔らかく、少し寂しげだった。
シャンプーを終えて帰り際に手渡されたのが、「Shampoo One通信 最終号」という名のチラシだった。
そこには、スタッフ全員の集合写真とともに、以下のようなメッセージが記されていた:
静かな閉店とは見出しに書いたが最終日2015年8月31日は大変な賑わいだったことも書いておかなければならない。
スタッフの集合写真と感謝の言葉、そして特別割引案内が添えられていた。
「短い間でしたが、ご利用いただきありがとうございました。
感謝の気持ちを込めて、最終営業日までの間、プレミアムカードご提示で2,000円割引とさせていただきます。」
この文面からも、最後の最後まで顧客への配慮を忘れなかった姿勢が感じられる。
● 号外:「正しいシャンプーの仕方」
最終営業日に配布されたチラシの一枚。洗髪の基礎を手書きのイラストで丁寧に解説しており、
「洗う」という行為に真摯に向き合う姿勢が表れている。
さらに、もう1枚配られたチラシはちょっとユニークなものだった。
**「正しいシャンプーの仕方」**と題されたイラスト入りの解説ペーパーである。
- 頭皮を動かすように洗うこと
- 爪を立てないこと
- 耳の後ろや生え際までしっかり洗うこと
こうした基本的なポイントが、どこか可愛らしいイラストとともに描かれていた。
この号外は、たんに知識を伝えるためだけではなく、
「私たちはこういうお店だったんです」と最後にもう一度伝えるための自己紹介のようでもあった。
● 経営判断と顧客との距離
運営元の株式会社ピカイチは、元々スキンケア製品(ニキビケア用品など)を主力とする通販企業であり、
Shampoo Oneはその延長線上にあった、実店舗による“体感型スカルプケア”の試みだった。
それだけに、現場のスタッフと本社の判断との間には、見えない温度差もあったのかもしれない。
閉店の決定は企業としての合理的な判断だったが、現場には現場なりの思いが確かに存在していた。
最終営業日の静けさ、スタッフの笑顔、そして帰り際に渡されたチラシ。
それらすべてが、**「ここにShampoo Oneが存在していた」**という確かな証となった。
Shampoo One閉店後の跡地と現在──看板・チラシから読み解くその痕跡
青いロゴと泡のキャラクターはそのまま残されていたが、
中央にはテナント募集の案内が貼り出されており、
営業終了の事実を静かに物語っていた。
Shampoo Oneの閉店からしばらく経ったある日、私はふたたび店の前を訪れた。
階段を上がると、かつての静かな空間はもうなく、ガラスには「FOR RENT」の貼り紙がぶら下がっていた。
営業中は青いロゴや泡のキャラクターで彩られていた窓ガラスにも、いまは何も残っていない。
あの看板があったこと、スタッフが笑顔で迎えてくれたこと。それらすべてが、静かに失われていた。
● 跡地に何が残っているのか
私が最後に確認した時点では、Shampoo Oneの入っていたテナントは空きのままだった。
家賃26万円、内装下地までの状態で募集。Shampoo Oneがあった痕跡は記載されていないが、
写真にはかつての階段入口や看板の名残が確認できる。
現在は別の業態が入っている可能性もあるが、通りがかってもその場所がかつてシャンプー専門店だったことを知る人はほとんどいないだろう。
Googleストリートビューでも、閉店後しばらくは看板が残っていたが、
やがてその痕跡も消え、街の時間の中に完全に飲み込まれていった。
● 私にとって、Shampoo Oneは“街の記憶”だった
私は現在も店の近くに住んでいる。
だからこそ、Shampoo Oneの前を今でも頻繁に通る。
ふと目をやるたびに思い出すのだ。あの雨の日に立っていた「雨の日デー 割引あり」の小さな看板を。
そして、頭皮を動かすように洗ってくれたあの静かな時間、スタッフが手渡してくれた最終日のチラシのことを。
● Shampoo Oneの“記録”として残す理由
赤坂Shampoo Oneは、たった1年3ヶ月で閉店した小さな店だった。
だがそれでも私は、街の一角で本当に存在していた“体験”を記録として残しておきたいと思う。
- “たった10分”のサービスが、確かなリフレッシュをくれたこと
- チラシ1枚に、スタッフの心がこもっていたこと
- 通い放題のVIPカードに、本気の試みが感じられたこと
これらは、いま検索しても出てこない情報だ。だが、誰かが記録しなければ、すべてが消えてしまう。
「ここにShampoo Oneがあった。」
それを知っている者として、記憶にとどめ、記録に残す。
それが、私なりのこの街への礼儀だと思っている。
【参考リンク】
- Shampoo One 公式Amebaブログ(閉店告知・運営情報)
https://ameblo.jp/shampooone/ - メディア報道記事(開店当初は「Shampoo Bar」)
- YouTube動画(スティーブ的視点)https://youtu.be/1jz8YGEpCzs?si=LUJ1OHDZ9Ytfw3e0
Youtube動画で店内の様子を載せたのは上記のアメリカ人ユーチューバーのスティーブ氏の動画だけであり、非常に貴重な映像である。また今は建て替えられているが赤坂不動尊 威徳寺の建て替え前の様子も見ることができる。
補足:Shampoo Oneは“ヘッドスパ”の先駆けだったのか?
「ヘッドスパ」という言葉は現在、美容室では定番のオプションメニューとなっているが、Shampoo One(旧Shampoo Bar)が登場した2014年当時――いや、実はその2年前、福岡で“前例”が始まっていた。
調査によると、「ヘッドスパ」という名称は、美容機器メーカーのタカラベルモントが2002年(平成14年)に命名し、2003年に商標登録したものである。和製英語ゆえ、当初は高価格帯・予約制のリラクゼーションサービスとしてごく一部の美容室で提供されていた。
時期 | 概要 |
---|---|
2004年〜2007年 | 大手美容室で「ヘッドスパ」導入が始まる。高価格帯・予約制が中心。 |
2010年〜2013年 | 女性誌や美容業界誌で特集が増加し、認知は向上。ただしまだ敷居が高い。 |
2012年 | Shampoo One福岡天神店がオープン。“10分・1,000円”で洗髪のみの先駆的業態。 |
2014年 | 東京・赤坂店(Shampoo Bar)が開業。全国展開の兆しを見せるも短命に終わる。 |
2015年以降 | 美容室チェーンでもオプション化が進み、「クイックスパ」「炭酸スパ」などが定着。 |
Shampoo Oneのような「洗髪特化」型サロンは、予約も不要、価格も明快、施術もスピーディという点で、既存の“ヘッドスパ”とは一線を画していた。
まさにその発想は、ヘッドスパよりさらに一歩先を行っていたと言える。
現在の目線から見ると、Shampoo Oneの試みは「早すぎたヘッドスパの民主化」だったのかもしれない。
それでも“後継”は現れなかった──先駆者であり、孤高であったShampoo One
閉店の最終日には、多くの人が名残を惜しみ、店内は静かでありながら温かな熱気に包まれていた。
しかし、それからおよそ10年が経とうとしている今も、「シャンプーのみ」を主軸にした店舗は現れていない。
美容室の中で「ヘッドスパ」は一般化し、オプションとして定着した。だが、それは既存サロンの拡張であり、“Shampoo One的発想”の継承ではない。
- カットもブローもせず
- 予約も不要で
- 10分・1,000円で
- シャンプーだけを丁寧に提供する
このビジネスモデルを、そのまま引き継ぐ店舗は今も存在しない。
それだけに、Shampoo Oneは時代を先取りしすぎた存在だったのかもしれない。
市場が追いつかなかったのか、あるいはビジネスとしての持続可能性に課題があったのか──いずれにしても、この試みは一度きりの“幻”となった。
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