円通寺坂のてっぺんに、ひっそりと佇む一軒のサンドイッチ店があった。
看板には「RAINIER Sandwich Mt.」の文字。
だがその名を記憶している人は、もうほとんどいない。
赤坂という土地において、レイニアはあまりに“静かすぎる”店だった。
看板を頼りにして訪れようとしても、通りからは見つけにくい。
そして、ようやくたどり着いたとしても、パンはすでに売り切れていることが多かった。
だが、一度でもその店の扉を開けた者は忘れない。
厚切りのトーストとシャキシャキのコールスロー。
響くのは70〜80年代のPOP&ROCK。
午前中の光に包まれた、まるでアメリカ西海岸の片隅にあるような、時が止まった世界。
今回は、そんな“幻のサンドイッチ屋”――レイニア サンドウィッチ 赤坂店の記憶をたどっていく。
もくじ
赤坂ヒルトップの静寂
レイニア サンドウィッチ 赤坂店があったのは、東京都港区赤坂4丁目13-8――通称「赤坂ヒルトップ」。
赤坂見附駅から円通寺坂を上へと登りきった、知る人ぞ知るエリアだ。

周辺には高層ビルや商業施設が立ち並ぶ一方、裏通りには昭和の名残を感じさせる低層マンションがひっそりと残っている。
その1階、目立たぬ外観のまま、レイニアは店を構えていた。
表通りには看板もなく、通りすがりに偶然見つけることは難しい。
「近くで働いていないと、存在にすら気づけない」
そんな声が口コミにも残されている通り、まさに“知っている者だけが知っている”店だった。
建物は「赤坂パレスマンション」。
店の前には駐車スペースがあり、その奥に木枠の大きなガラス窓。
ガラス越しに見えるカウンターと小さなテーブル席。
そして、手書きの黒板には、その日使われている野菜の産地までが記されていた。
時が止まったような風景――
まさに、その言葉がふさわしい空間が、そこにはあった。
コンビーフとキャベツの記憶
レイニアの看板メニューといえば、間違いなく「コンビーフ&キャベツ」だった。
細切りキャベツと塩気の効いたコンビーフを炒め、分厚いトーストにたっぷりと挟み込む。
シャキシャキ感としっとり感。野菜の甘みと肉のコク。
「混じり合わずに、調和していた」と語る口コミは、味の記憶の鮮明さを物語っている。
パンはイギリスパン、フランスパン、クロワッサン、ライ麦パンから選べた。
特にライ麦パンは人気が高く、開店から間もなく売り切れることもしばしば。
そして、すべてのサンドイッチにはコールスローとポテトフライがついてきた。
コールスローは「シャキシャキで程よい大きさ」、
ポテトフライは「太めで厚切り、しょっぱすぎない絶妙な塩加減」。
おまけに、水にはレモンが浮かべられていた。
ただのサンドイッチではない。
素材、盛り付け、塩加減、飲み物の温度――どれもが計算され尽くしていた。
その味を求めて、近隣のリーマンやOL、外資系企業の外国人たちが昼どきに静かに列をなした。
イートインとデリバリー、そして消えた店
レイニアは、平日ランチのみの営業だった。
店の公式情報では「11:30〜14:00」とされていたが、実際には13:00前には閉まってしまうことが多かった。
理由は単純――パンが売り切れるからだ。
サンドイッチの提供には時間がかかる。パンも具材も、すべてが手作りであるがゆえに。
しかし、それを補って余りある魅力が、この店にはあった。
店内には15席ほどの小さな空間。
テーブル席とカウンターがあり、柔らかな光が差し込むその空間では、まるで休日の午前中のような時間が流れていた。
「アメリカ西海岸の片田舎にあるカフェのよう」と表現する声もあるほど、都会の真ん中とは思えない静けさ。
BGMは70〜80年代のPOPやROCK。
「仕事でバタバタしているのを忘れさせてくれる空間だった」というレビューが印象的だ。
また、レイニアは法人向けのデリバリーにも対応していた。
営業は週に数日のみであった可能性が高く、ある意味で“幻の店”。
そんなレイニアも、2016年頃にはその姿を消す。
Googleストリートビューの記録では、2016年7月に改装工事の様子が見られ、その後店舗部分は閉鎖されたままだ。
看板が外され、窓も目張りされた現在の建物には、かつてここに小さな名店があったことを示す痕跡はほとんど残っていない。
けれど、サンドイッチの香りと、午後のやわらかな光と、かすかに流れるロックのメロディは――
記憶のなかでは、今もなお色あせていない。
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